2013年4月10日水曜日

間違えることを前提として


 新年度に入った。趣味につけ仕事につけ、何か新しいこと始めるきっかけにしたい。
 一度新しいことを考えついても、その後、間違えたり失敗することを予想してしまうと、モチベーションが下がって始められない。そんなことが続いている。若い頃は、或る意味愚かだったので、失敗の危険性が予測出来ず、思いつくままどんどんやってしまった。もちろんほとんどは失敗に終ったのだが、その中の幾つかはうまく行き、これまでなんとか生きてこれた。今思えば十試みて一つうまくいけば御の字であったと思う。
 普通、年をとれば慎重になり賢くなって、確率は上がりそうなものだが、自分の場合、そういった能力が欠落しているのか、依然として確率は上がらない。つまり、今迄以上の成果を上げるためには、シンドイことであるが、これ迄以上に新しい試みを行わなければいけないということなのだろう。
 昔に比べると、インターネットが利用出来る現在では、容易に欲しい情報に接することが出来る。失敗しそうなことも成功しそうなことも判断材料には事欠かない。しかし、判断する人間の資質は以前とそれほど変わっていないので、正しい判断が出来るようになったとは云い難い。自分の様な悲観主義者にとっては、成功するよりも失敗しそうなことのほうが容易に予想できるので、新しい事業には二の足を踏んでしまう。失敗しそうなこと、無駄なことはしたくないのだ。しかし、よくよく考えてみれば、トライして失敗してみないことにはその先に進めないことも多い。失敗の可能性を認識しつつ、新しい一歩を踏み出せるかどうかは、失敗しても構わないくらいの強い動機があるか、あるいは、失敗後の事態をある程度予想して、それでも実行する価値を見い出す長期的な判断力にかかっていると思う。
 社会や国家が、何か新しい事業を始めるときはどうだろう。例えば、70年前の太平洋戦争。国民にとって最も過酷で重大な結果を招く大戦争を始めたとき、当時の軍人や政治家はどの程度敗戦とそれが招く結果を予測していたのだろうか?この辺のことは歴史家や近代史の専門家が詳しく調べているはずだが、実際の敗戦とその結果がもたらすものについて、冷静に予測した上で始めた戦争ではなかったように感じる。本当の動機は何だろう?。
 スケールは違うが、日本中の里山にあった自然林を壊滅させたスギの大規模植林(※注)。農林水産省が、1960年当時懸念された木材の需要急増と供給不足の対策として行ったもの。しかし実際には、木材以外の建築材料の普及や安い輸入木材のため、ほとんど利用されることは無かった。結局、この事業によってもたらされたものは、景観の破壊と花粉症だけだ(トホホ)。
 現在汚染水の処理が問題になっている原子力発電の場合。事業を始めた60年前でも、重大な危険性を認識していた人は多かったはずである(ノーベル物理学賞の湯川秀樹は、抗議のため国の原子力委員を辞任した)。それでもなお事業が進められたのは、当時の政府と国民の間で、ある程度の危険性を勘案しても国にとってメリットがあるという判断が共有されたからであろう。しかし実際には、想定の範囲を越えた事故が起こってしまい、今後も起こりうることが明らかとなった。廃棄物処理の問題も解決できそうにないので、今後日本の原子力発電は、急に止めることは出来ないにしろ、衰退していくことになるのは間違いない。
 ネガティブな事例ばかり上げたが、やらなければいけなかったこと、やってよかった事業の方が多かったのはもちろんのことである。
 個人的なことに戻ると、冬山へ一人で山スキーに出かける場合、一歩間違えれば、致命的であるか、そうでなくても人騒がせで面倒な事態を招く危険性は高い。こうゆうことにハマっている人は、自分を含め、北陸周辺には多い。では何故続けているかというと、、、
  A) 雪山を自由に滑るのが好き。
  B) 精神的肉体的に健康に良いため、失敗が或る程度予測出来ても、長期的に考えれば危険性を越えてメリットが大きい。
 多くの山スキーヤーの場合、Aが本音、Bが言い訳、ということなる。Aの動機だけでこういうことを続けるのは、いささか非常識で、いい歳をした社会人としてどうか、という感じもしないではないが、わかっちゃいるけどやめられない、 のである。


林学者の太田猛彦氏によると、江戸時代の里山の多くは、乱獲が原因で既にハゲ山だったそうである。だとすると、件の杉の大規模植林は、自然林を伐採して行ったのではなく、荒廃したハゲ山に植林を行ったという可能性もありますが・・・、どうでしょうか (2013年11月14日)




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