2017年2月22日水曜日

耳骨のナゾ



クジラのテレスコーピング
左から、パキケタスレミントノケタスドルドンアゴロフィウス、アマゾン河イルカ(現存)、エティオケタス(ヒゲクジラ祖先)、シロナガスクジラ(現存)


以前の記事で取り上げたクジラ類の進化の話の続きです。上の図は、アメリカの古生物学者による

Whale Origins as a Poster Child for Macroevolution

というタイトルの論文から引用したもの。約5000万年前に陸上で生活していた祖先クジラ(クジラとカバの共通祖先パキケタス)から現存クジラにいたる頭蓋骨の変化の様子を描いたものです。注目すべき点は、黒く塗りつぶして示されている鼻孔の位置の変化で、パキケタスでは、他の陸棲動物と同様に頭の先端(口の近く)にあったものが、徐々に後退して現存クジラでは頭の天辺に移動しています。これは、クジラが陸上から水中生活に適応して行く過程で、体を水中に沈めたまま呼吸出来るよう鼻孔の位置を変化させた、と考えられていて、潜水艦の潜望鏡になぞらえてテレスコーピングと言われています。

 さて、パキケタスの化石が最初に発見されたとき、この四つ足動物がクジラの祖先と考えられたのは、その耳骨の形が現存のクジラやイルカのものに似ていたことが主な根拠でした。耳骨とは、ヒトでは耳小骨と云い、鼓膜の内側にくっついている小さな骨のことで、空気の振動である音を脳に伝える働きをしています。クジラは、音を空気ではなく水から受け取る必要があり、鼓膜を通すことなく骨伝導により知覚しています。この水中から直接音を受け取って脳に伝えるのが、クジラの耳骨です。陸棲動物の耳小骨に比べると分厚く肥大した形状をもっていて、イルカのものは、アクセサリーとして愛好されていたりします

イルカの耳骨

 これが頭部化石からみつかったことで、パキケタスはクジラ祖先の地位を与えられるようになったわけですが、最初に見つかった化石の四肢が欠損していたために、1990年代までは現在考えられいるよりクジラに近い再現図が描かれていました。


1983年のScience誌の表紙に描かれたパキケタスの再現図

その後全身骨格の化石が発見され、現在では、りっぱな後ろ足をもつ大型のイタチのような再現図が描かれています。

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現在の再現図

この四つ足の獣が、クジラのような耳骨をもっていたのは既に書いた通りで、なんとなく納得してしまう進化のストーリーでした。しかし、よくよく考えてみるとパキケタスはまだ水中生活に十分適応しておらず、音は主に空気から感知していたはずです。ではなぜクジラのように水中に適した耳の構造を既にもっていたのでしょうか?

 これは生物学でいうところの「前適応」なのだと思います。しかしこの考え方には批判があり、進化論を疑う根拠にもなっています。このナゾを説明する動画がYou Tubeにありました。




冒頭に挙げたクジラ頭骨の変貌のように、種を超えた大きなスケールの進化のことをMacroevolutionというらしいです。これが不思議に感じられるのは、頭の良いマジシャンがテレビ番組で「時計よ止まれ」と唱えると、本当に止まってしまったという人が大勢現れるのと同じ理屈で、英語ではstochastic effectと言います。おそらくパキケタスは、特に有利でもないのに、たまたま大きな耳骨をもってしまい、そのことがその後クジラに進化するきっかけとなったのでしょう。これは、スティーブジョブスの「点を結ぶ」話と共通点がありますね。


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